短歌原文
ふるさとの訛(なまり)なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聞きにゆく
現代語訳
ふるさとの訛りがなつかしいなあ。
電車の停車場の人ごみの中に、そのなつかしい訛りを聞きに行く。
啄木さんインタビュー
明治43年(1910年)石川啄木 24歳。
前回は啄木さんからインタビューを打ち切られ、気まずい空気にならないことを意識して、第2回インタビューにのぞみました。
↓第1回インタビューはこちら
こんばんは
こんばんは
先日はお時間を頂き、ありがとうございました。啄木さんのインタビューはとても好評でした!!!
ありがとうございます。今日はなにについてのインタビューですか?
(アイスブレイク失敗・・・)そうですね。今日は、啄木さんの故郷についてお聞きしたいなと思いまして。私も東京に出てきてあくせく働いていると、ふと故郷を思い出すことがあるんですよね。だから、啄木さんのこの歌はとても好きなんです。
ありがとうございます。「停車場」は東京と故郷を繋いでいる玄関のような存在ですよね。私の東京での挑戦はここから始まりました。東京に着いた時の緊張と高揚感は今でも忘れられません。
知らない土地。それも東京となると身が引き締まりますよね。
そうです。ただ人は新しい土地にも徐々に順応していきます。私もすっかりここでの生活に慣れました。ただ、たまに故郷を思い出す時があります。その時に「停車場」が僕と故郷を繋いでくれる。もっと言うと、停車場に行けば、あの懐かしい訛りがあちらこちらから聞こえてくる。それを聞くと、故郷に触れている実感が湧くのです。
ああ、分かる気がします。私はたまに自分の故郷のバスを見かけたら、故郷を思い出します!修学旅行か観光旅行かで来ているバスなんでしょうね。あっ、このバス懐かしい!故郷は今どうかなあって
バスですか。それはおもしろいですね。
(あっ、ちょっと空気が柔らかくなった)啄木さんにとって故郷はどういう場所ですか?
山があり、川があり・・・。いい思い出ばかりです。あなたは?
(はっ、初めて質問をしてもらえた!)はい!私の故郷は、桜島が見えて、わっぜよかところじゃ。あっ・・・。
(笑)つい、方言が出てしまいましたね。故郷の言葉を大切に、東京で頑張りましょう。
そうですね。頑張りましょう!
・・・
・・・
(締めろってことだな)では、今日は貴重なお話ありがとうございました。
ありがとうございました
前回のブログでも紹介したように、この2年後、明治45年(1912年)啄木は26歳の若さで結核にてこの世を去ります。死ぬ間際の啄木の脳裏には故郷が浮かんでいたのだろうか。
自分が大人になり思うことは
「人間は大人になっても大きく変わらない」ということである。
小さな時の自分と今の自分はあまり変わっていない。
昔は大人になれば大きく自分は変わっているのだろうと考えていたが、どうもそういうものではないようだ。これが私の実感である。
このように皆さんも自分の歴史をたまに振り返り、今の自分と比較してみることはないでしょうか。
そして、自分の歴史を振り返ると、浮かんでくるものは「故郷の風景」である。春夏秋冬。登下校。夕焼け。両親との日々。友達と駆けた日々。これらの風景が目を閉じれば
たくさんの風景が広がるはずである。
啄木も目を閉じると故郷の渋民村、盛岡、岩手が浮かんできたのでしょう。
それも極貧の東京生活と対極にあるような自然豊かな故郷が。
帰れない故郷。でも故郷に触れたい。その思いが啄木を停車場に立ち寄らせ、そして故郷の訛りを聞いた時に啄木は故郷に触れた感動があったのだと思う。
さて、この歌の構成にも最後に触れてみたい。
以前「短歌をつくろう」ブログで伝えたように、短歌は一首一文がよいとされる。
今回の短歌は二文構成である。
①「ふるさとの訛なつかし」
②「停車場の人ごみの中にそを聞きにゆく」
つまり「ふるさとの訛なつかし」ここで切れている。そのため二句切れである。
また「人ごみのなかに」は8文字なので字余り。
そして、なんといっても短歌は改行せず一行ですっと最後まで詠めることがよいとされる中、この歌は三行で表現している。
望郷の思いと過去に縛られずアップデートしようとする思いが交差する歌である。
この歌を詠みながら、目に浮かぶ自分の故郷の風景を味わいましょう!
心に短歌を!最後まで読んでで頂き、ありがとうございます!
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