おいどんブログ

和歌・短歌を紹介します!

物いはぬ 四方の獣 すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

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【短歌原文】

物いはぬ 四方の獣 すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

ものいはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや おやのこをおもふ

『金塊和歌集』 源 実朝

四方の獣 : この世の動物
すらだにも: ~でさえも 副助詞「すら」+副助詞「だに」+副助詞「も」
あはれなる: しみじみとした思い、趣深い
かなや  : 感動、詠嘆をあらわす 接続助詞 詠嘆「かな」+係助詞「や」

【現代語訳】

話すことのできない、この世のどんな獣でも、親が子を思う気持ちがあることって心動かされるよなあ

【最後の源氏将軍】

源実朝は、頼朝の次男であり鎌倉幕府三代目将軍です。そして、20代で暗殺された源氏最後の将軍です。
詳しく人生を知りたい方は、以前のブログをお読みください!
oidon5.hatenablog.com
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人生を簡単に要約すると・・・
父である源頼朝は日本初の武士による政権である鎌倉幕府を創設。
その父の死後、兄の源頼家が将軍を継ぐも、
武士たちによる権力闘争の中、頼家は追放・暗殺されてしまいます。
鎌倉幕府は将軍が絶対的な権力を有した政治組織ではなく、その権力基盤は武士たちに支えられてました。
例えるなら、鎌倉幕府は設立して間もないベンチャーであり、
創業メンバーの力関係は微妙で、会社組織としてのガバナンスもまだ確立できていない状態だったのです。

そのような中、頼朝の次男であった実朝は12歳で将軍となります。
とはいえ政務に関われる年齢ではなく、北条氏を中心とした権力闘争は続いておりました。
時には自分が命を狙われることもありながらも、実朝は成長するにつれて政治にも関与していきます。
特に京都で絶大な権力を有していた後鳥羽上皇とは良好な関係を保ち、
武士として右大臣にまでのぼりつめました。
(このことや短歌が有名であることからも、
実朝は武士の棟梁という自覚が薄く、貴族文化に傾倒した人物と描かれます。
しかし、当時の朝廷はまだ絶大な権力を持っており、
どの武士も朝廷からの官位を欲していた時代であり、
そう簡単に論じられることでもないのです)
その右大臣就任の儀式を鶴岡八幡宮で執り行っていた最中、
兄頼家の子、公暁に「父の仇!」と暗殺されてしまいます。

これ以降、将軍は京都から呼び寄せる名ばかり将軍となり、権力は北条家が一手に握っていきます。
最後の源氏将軍。それが源実朝なのです。

実朝の人生は以上の通りなのですが、もう一つ忘れてはならない側面が、歌人としての実朝です。
その歌には傑作が多く歌集として『金塊和歌集』というものがあります。
あの明治の短歌復興の立役者であり、過去の短歌に容赦ない批評を繰り広げた正岡子規
歌よみに与ふる書』の冒頭からべた褒めしたのがなんと実朝なのです。

その数奇な運命から詠まれた歌には、率直で人の心を打つものが多いのです。

短歌を味わう

今回の歌は、実朝がある動物の行動を見た時の思いを歌にしたものです。
何の動物だったかは伝わっておりませんが、
親が子供を慈しむ行動を見て、実朝は「あはれなるかな」と感動するのです。
その感動は、倒置法字余りにもあらわれております。

●倒置法
「物いはぬ 四方の獣 すらだにも 親の子を思ふ あはれなるかなや

「物いはぬ 四方の獣 すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

上が通常の文章。下が倒置法。
実朝は「あはれなるかなや」と先に感動を述べ、
その後に、何に感動したかというと「親の子を思ふ」に。
という形に歌を詠みました。
これにより、
「あの物も言わない動物たちにも・・・ああ心を動かされる・・・親が子を思うなんて」
といかに感動したかが伝わります。

●字余り
あはれなるかなや→8文字
親の子を思ふ→8文字
どちらも1文字多いです。

例えば「あはれなるかな」と詠んでもよいところを
あえて「あはれなるかなや」と字余りにしております。

実朝がいかに感じたことをストレートに詠んだか。
そして、その感じたことがいかに深いものだったか。
それが7文字におさまらず、字余りという形で表現されています。
非常に率直な内容であり、かつ形式を少し逸脱したこの歌は、
実朝の声がそのまま漏れ出たような感じすらします。

それにしても、
動物の行動から親心を感じとってしまうこの感性がすごいです。
これはもう人間性の領域で、真似しようと思って真似できるものではありません。
何せ心からそう感じなければいけないのですから。
そして、飾り気のない率直な表現で感動を歌にしてしまう。
誰もが実朝の見た景色が思い浮かび、そして同じように感動を共有できる。
これが実朝が歌人として後世まで名を残す素晴らしいポイントなのです。

歌はその人物の真心があらわれます。
本当に心から思っていないことを歌にできないのです。

鎌倉幕府三代目将軍 源実朝
この人物は慈しみ、優しさを有した人物であったことが、
その歌から窺い知ることができますね。

心に短歌を!
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。