東風吹かば にほひ起こせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ(春を忘るな)
短歌原文
東風吹かば にほひ起こせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ(春を忘るな)
こちふかば にほひおこせよ うめのはな あるじなしとて はるなわすれそ(はるなわするな)
東風(こち):東から吹く春の風
あるじ:主
な~そ:禁止 ~するな
現代語訳
東から風が吹いたら、匂いを届けておくれよ、私の梅の花よ。主人がいないからって春を忘れるでないぞ。
左遷のさみしさ
今回の歌人は菅原道真。名前は皆さんご存じではないでしょうか?
「〇〇天満宮」「天神さま」「天神さん」はこの道真公を祀った神社です。
「学問の神様」として有名ですね。
実在の人間ですが、死後に神様になった人物です。
「学問の」神様なだけあり、非常に優秀で、右大臣(非常に高い地位。朝廷内No2、3位の地位)までのぼりつめました。あの遣唐使の廃止を建議したのも道真のようです!
ただ、その優秀さを妬んだ左大臣 藤原時平一派の策略により、謀反の疑いをかけられ、中央政権から大宰府(現在の福岡県)の長官に左遷させられてしまうのでした。
この短歌は、左遷前に自宅の庭に植えられた梅の木に向かって、
問いかけるように詠んだ歌となります。
東風は、東から西に吹く風。なので、京都から大宰府の方向に吹く風です。
「風が吹いたら、この匂いを大宰府までちゃんと届けてくれよ」
と道真は梅に託すのでした。そして付け加えます。
「主人がいないとしても・・・春を忘れるでないぞ・・・」
中央で栄華を極めた生活は終わり、これから自分は落ちぶれていくのか。。。
出発前の道真は、京都での生活。仕事での苦労、達成したこと。
あらゆることを思い出しながら、家の庭に立ち、この歌を詠んだことでしょう。
本社副社長から西日本支社長にという感じの左遷でしょうか。
上を向き続けて地位をあげてきた人間は、そこから下に降りられないものなのかもしれません。「まあ、その地位なりの楽しみを」なんていうタイプではなかったのだろう。
と想像してしまいます。実績を挙げてきたという自負と、無罪での左遷という憤りが、
道真を苦しめたのでした。
結局、大宰府に着いてから、再度京都に戻ることは叶わず、
不満と苦悩の中、亡くなってしまいます。
それから・・・不思議なことが京都に起こるようになりました・・・。
まず、道真を貶めた時平が急死しました。
挙句の果てには宮中に落雷があり、死者やけが人が出たそうです。
「これは無罪の罪で大宰府に左遷させられた道真公の祟りである」
と人々は噂をするようになり、道真を神として祀り鎮めることになりました。
こうして道真は死後、神様となったのでした。
自然に語りかける
道真はなぜ梅の花に問いかけたのか?
忙しくしている時は気が付かない自分の周りの自然。
ふと立ち止まった瞬間に私たちは目の前の自然の存在に気が付きます。
街路樹の下を歩きながら、ふと見上げた緑色の葉っぱに対し、
「パワーをください」と心でお願いをしたり、
朝のまぶしい太陽にそっと手を合わせたり、
夕焼けに今日の出来事を心の中で伝えたり、
月を眺めながら「自分は人生どうしたいんだろう」と語りかけたり・・・。
自然は自分以外のものでありながら、
自分の心とつながった不思議な存在です。
同じ時間を生きてきた庭の梅が目に留まった。
それは道真が自分の心を見つめた瞬間だったのかもしれません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
心に短歌を!